Site icon image 一弓さんの人生設計ログ

私がJTCを退職した「目的」をアドラー心理学で整理してみた

6年勤めたJTCを即日退職してから、およそ1ヶ月が経ちました。特に大きな行動を起こすこともなく、今はのんびりと散歩したり、ブログを書いたり、サウナに入ったりして過ごしています。

辞めた当初は「そこまで消耗していない」と思っていましたが、時間が経つにつれ、思った以上に心身が疲弊していたことに気づきました。

少し距離を置いた今、ふと「私はなぜ辞めたのか?」という疑問が湧きました。

ただ、辞めた原因をいくら並べてもきりがありません。後悔だけが大きくなっていくような気がします。そこで今回は、アドラー心理学の「目的論」の視点から、私が辞めた目的を整理してみました。「辞めることになった原因は何か?」ではなく、「私は何を目的として辞めたのか?」 という問いです。

※私はアドラー心理学の専門家ではありません。アドラー心理学に関する本を読んだり、AIとの壁打ちをしたりして、自分なりに整理したメモです。

結論:私が退職した3つの目的

  • これ以上の心身の悪化を回避するため
  • 社会貢献の実感が得られない環境から撤退するため
  • 納得感のない評価軸から離れるため

以下、それぞれ補足していきます。

① これ以上の心身の悪化を回避するため

まずは体調面です。

率直に言えば、6年間かけて、心身がじわじわ削られていました。と言っても、いわゆる「超ブラック」というほどの会社ではありませんでした。実際の残業時間で言えば、普段は月20時間以内、繁忙期は40時間超というレベルでした。一部の上司は、コンスタントに60時間くらい残業していましたが。

しかし私にとっての問題は、「残業を減らせる未来が見えなかったこと」でした。

退職直前は、7:30〜22:00勤務が連日続く状態まで陥っていました。このペースが常態化すれば月100時間超も見えていました。もちろん、仕事量が多かったのも事実ですし、自分のパフォーマンス向上余地があったのも事実です。どちらかがすべて悪い、という単純な話ではありません。ただ、「このまま改善されない」という予感が強く、危機感がありました。このままだと一部の上司のように、残業漬けの人生になるな、と。

目的論で言えば、「壊れる前に、自分を守るための回避」を選んだのだと思います。

② 社会貢献の実感が得られない環境から撤退するため

2番目、実はここが核心の部分なのですが、この会社で働いていて「社会貢献」している実感が感じられていませんでした。

私は人からの評価にはあまり敏感ではありません。その代わり、「自分のアウトプットが本当に役に立ったか?」を強く気にするタイプのようです。

私は組込み系のエンジニアとして働いていました。あるとき、厳しい納期で機能開発を依頼され、残業して納品しました。しかし後日、上司から「結局、あの機能はお客様には渡せていない」と聞かされました。このとき感じたのは疲労よりも、「なぜ自分は残業までしてこれを作ったのか?」という虚無感でした。

さらに、自分の担当する機能の多くが「本当にお客様の利益に直結しているのか?」と思えるような機能で、その点も社会貢献できているのか疑問を持ち続けていました。

あと、別途3番目の項でも触れますが、自身の貢献具合と、給料が連動していない点も、社会貢献の実感がない一因でした。

多くの人は「給料が低い」と不満を持つのかもしれません。ですが私は逆で、「十分な貢献ができていないのに、給料だけは安定して高い」ことに違和感がありました。正直に言えば、給料に見合うだけの働きができていると自分で思えなかったのです。

こんなことを書くと、「贅沢言うな、それならその給料に見合うよう、その会社でもっと頑張れよ」というツッコミがあると思います。が、私なりに心身の限界だったのです。勘弁してください。

私は「勝つこと」よりも「貢献すること」に満足を感じるタイプだと自己分析しています。その実感(アドラー的に言えば貢献感)が得られない環境から離れることも、退職の大きな目的だったのだと思います。

③ 納得感のない評価軸を回避するため

最後は評価制度の問題です。

私の会社は年功序列の色が強いJTCでした。年功を重視する評価自体は否定しません。年功序列にも良いところはあります。ただし、会社人事としてはそれを認めておらず、表向きは「実力主義」を掲げていました。これが、私の価値観には合いませんでした。

表向きの評価方法としては、

  • 会社独自のレポート
  • (一緒に働いたことのない)人事や部長との面接

が大きな比重を占めていました。

レポート作成や面接対策は、残業しながら取り組む必要がありました。しかし私は、昇進そのものに強い動機があるわけでもありません。

モチベーションのない昇格試験のために、消耗する

この構造に強い違和感がありました。

ただし実態としては、最終的な結果は、年功要素が強く出ていました。

これは私の予想ですが、私は毎年積み上げる評価ポイントの上限に達したため、最後の年に昇格しました。レポートも特に変わり映えなく、面接もボロボロでした。なのに昇格できたので、ほぼ間違いなく、年功で繰り上げられたと思います。昇格したことを上司から告げられた時、「レポートと面接は一体何だったんだ…」という怒りしか湧いてこなかったのを覚えています。

ともかく、自分の納得できない曖昧な基準で評価、比較されること自体に、疲れていたのだと思います。

まとめ

改めて整理すると、私の退職は

競争の場から降り、社会貢献している実感が得られる場所を探す

ことが目的のように思います。

まだ次の道が明確に見えているわけではありません。ただ少なくとも有給休暇中の今は、自分で時間の使い方を決められることに満足しています。

2026年8月くらいまでは、有給休暇と失業手当がもらえるニート期間が続けられます。ゆっくり「私はこれから、どこで、誰に、どう貢献したいのか」考えていこうと思います。

以上です。